障害のある息子のプロフィール
8トリソミーという障害のある息子のあゆみ
と、いうことでこのページは長くなりますが、お時間が許す限りごらんになっていただければと思います。
日々の出来事は『BLOG』ブログのほうに書かせていただきますね^^
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難産だけど問題なく生まれた息子
難産でずいぶん時間がかかって、3,500gで誕生。
なかなか産声が聞こえず不安だったけど、小さい声で泣いてくれた。
誕生に関して、その時は問題はナシ!と言われたけど。。。
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発達遅滞と診断
首がなかなか座らず、寝返りもできない。
保健所の定期健診でも発達の遅れを指摘されていたので、1歳から専門の病院で検査をする。
検査の結果は…
- 「発達遅滞」と言って発達が遅れている。
- 脳が委縮している。
- 脳の1部に水がたまっている。
- 経過を診るために定期健診を受けることになる。
- 歩けていなかったので、リハビリ施設に通いだす。
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熱性けいれんが始まる
風邪をひいて熱が上がるたびに、熱性けいれんが始まる(1歳半から)
けいれん発作が始まると身体全体が硬直して、唇は紫色になってけいれん。
けいれん発作が3分以上続くと救急車を呼んで病院へ。
熱性けいれん発作は、5歳頃まで続く。
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舌小帯短縮症の手術
1歳ごろから色々な検査をしてきた中で「舌小帯短縮症」がわかり、手術をする。
唇より外に舌が出ないので、舌先がうまく動かせずに「構音障害」と言って口の中で言葉を発声(発音)することが難しい障害。
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永久歯が生えない
「歯」の本数が足りない。
生え替わった永久歯は全体の1/3ほどしかなくて、ほかはすべて乳歯のまま。
30歳近くなった今も…。
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「てんかん」と診断された日
地域の小学校へ入学。障害児クラスに在籍。
熱性けいれんは3年ほどなかったのに、小学校2年生で久しぶりにけいれん発作が起きて、その後、小学校5年生でまた「けいれん発作」。
その時は風邪もひいてないし、熱もないのに起こした「けいれん発作」。その日に、『てんかん』と診断されて、薬を飲み始めた。。。
悲しい記念日…
はじめての知能検査
病院で「知能検査」のようなものを初めて受けた。「知能検査」というのは色々とあるらしく検査の名前は忘れたけど「知能指数」の検査ではなかったはず。
結果は『5歳程度』と診断。(小学5年生のころ)
不登校の理由①
息子は、「わからない」「できない」「言われている話の意味が理解できない」ということを先生に言えない。
だから先生も、息子は先生の話を理解していると思い込んでいる。
「わからない」というのは、「何がわからない」かを質問しないといけないのだけど、「何がわからない」かさえ「わからない」から、イルカ君はどうしたらいいかワカラナイ。。。
【先生】というのは、すでにいろいろ知っているから(かしこいから)…「わからないところ」が「わからない」が理解できないみたい。
だから【先生】には、そのあたりから歩み寄ってほしいのだけど…難しい…。
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「てんかん」専門のドクターがいる病院へ
転校してから、『障害児』や『てんかん』専門のドクターがいる病院に通いだす。
『てんかん』の薬は副作用があるので、とにかくなんでも飲めばいいというわけにはいかない。薬の「量」の調整も必要だし。
てんかんの薬を飲みだしても、月に最低1回はけいれん発作は起きていた…。
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斜視の手術
小学校6年生のころ、斜視の手術で入院。
視力は悪く、眼鏡を作るときは特別料金が必要(-_-;)…
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言葉の訓練の始まり
大学病院にある「言葉の訓練」に通いだす。顎口科(がくちか)だったと思うけど…。
50音すべての「音」の出し方、舌の動きを学ぶ。6年間くらい通った。
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不登校の理由②
小学校から、そのまま中学校へ上がったけど、中学校での「障害児クラス」の担任の先生の認識不足が原因だと私は思っている。
小学校から中学校に上がる際に、中学校の「障害児クラス」の先生と息子と私は面談をしていたのに、新しく来た先生はその資料に全く目を通していなかったのが最大の原因。
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てんかん発作の症状の変化
「てんかん」の薬が効きだして発作を起こさなくなったのは、18歳になったころ。
それまでは、1ヶ月に1回は必ず発作を起こしていて、落ち着く少し前ころは朝起きる1時間前に発作を起こしていた。
ただ、不思議なことに「夏休みは発作は起こさなかった」。
やっぱり学校でのストレスは影響があった…そんな気がしてた。
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不登校の理由③
3度目の不登校のあと転校。
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8トリソミーと診断された日
大学病院で18年ぶりに、色々な検査をした結果「8トリソミー」という先天性の染色体異常だと診断される。
その時の先生は「もしかしたら世界にひとりかも」…なんて言ってたけど、別の病院では確かに少ないけど、5人くらいはいますよーと言われた。(-_-;)
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支援学校卒業後はパソコンの勉強
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就労移行支援事業所へ通う(1年6ヶ月)
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就職する
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2年後、退職する
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残っていた就労移行支援で就労移行支援事業所へ
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就労移行支援事業所は1ヶ月でやめる
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就労継続支援B型事業所へ通う
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就労継続支援B型事業所を1年後やめる
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別の就労継続支援B型事業所へ通う
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職業訓練校へ通う|1年間
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就職する
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6日間で退職する
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就労継続支援A型事業所へ通う|現在…
それぞれのこと、「舌小帯短縮症」「てんかん」「不登校」などのことは、後日くわしくご紹介していきます。
イルカ君が子どもの頃は、今の大人になった時のことはまったく想像していませんでした。
大人にならない…とは思ったことはありませんでしたが、1日1日が果てしなく長く、今の1日の時間とは絶対に時間の間隔はちがっていると思うくらいでした。
だから、1日を過ごすことで精いっぱいで。。。
あれほどつらかった毎日が、今は過ぎさってしまいました。
かといって、今がつらくないなんてことはなく、今は別のつらさが昔の何十倍もあります。
つらさに慣れたのでしょうか?
そうではなく、昔は誰かに話すことも相談することもできませんでした。
かと言って、今、誰かに相談しているか…というと、相変わらず誰にも相談はしません。
でも、誰かに話すことはしなくても「ネット」という環境があって、息子だけじゃ無い…「障害がある」ということだけではなく、色々なことがあっても、日々前に進んでいる方々の存在を知ることができています。
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